各地で野生動物による「被害」が増えている。
野生動物たちがそのような「害獣」となったのはなぜなのか。そしてどうすればその害を減らせるのか。一部で推奨されているように、「害獣」をジビエとして食べれば被害は減るのだろうか。
一朝一夕には解決しない問題に対して、長年、野生動物の研究をしてきた著者が研究者目線で解決策への糸口を語る。
著者は、ニホンザルやキンシコウなどの霊長類、またオットセイやゼニガタアザラシ、トドなどの鰭脚類など、野生動物の調査・研究に長年携わってきた人物である。
主題は、現在、増えすぎてしまった野生動物に関してなのだが、話の流れはあちらへ行きこちらへ行き、お行儀よくは進まない。
探検家かと見紛うような、一昔前の肉体派の研究の実態がおもしろく、研究者や現地の人々との交流譚も楽しい。あるときはサルの調査をしながら農作業を手伝い、あるときは海獣と格闘しつつウォッカを飲んではサウナに入る。そんな研究風景も読ませどころだろう。
荒削りでダイナミックなエネルギーがある語りである。そこには、フィールドに身を投じてきた研究者でなければ語れない現場感覚の持つ説得力がある。随所で校正がいささか甘いと思うのだが、その分、著者の語りの息遣いが残っているというところか。
磊落に語っているようで、最終的には主題に戻る。
ニホンザルはスキー場などの開発で山を追われ、また人工的な餌付けにより不自然に増えた。
イノシシやシカは、オオカミが家畜を襲うとして駆除されたため、天敵をなくし激増した。
多くは、人為的にバランスが崩されたことの結果である。そこに常に存在した(する)のは、人間中心、さらには、「市場」中心の論理である。
問題解決をさらに困難にするのが縦割り行政である。
本来ならば、気候を含めた自然環境の長期的変化、人為的介入の影響、食物連鎖の中でのその生物の役割等を総合的に見ていく必要があるのに、各役所が管轄する(あるいは出来る)のはある一部分でしかないのだ。
著者から見たら、ジビエとして消費する解決策はどうなのだろうか。
イノシシはボタン鍋等で関西を中心にある程度、根付いているが、シカはジビエとしての歴史が浅い。ハンターに労力に見合うほどの金を払うことも難しい。ニホンザルは古代には食されていたようだが、その伝統は絶えて久しく、また人間に近い存在として霊長類を厚く保護する流れには反するだろう。
トドのように、ある限定された地域で食材として消費されてきたものであれば、一定の効果が見られた事例はある。が、食文化を一朝一夕で確立することは困難である。
増えすぎてしまった野生動物をジビエとして場当たり的に消費しても、根本的な解決にはならない、というのが著者の主張だ。
著者が示す解決策はなかなか大胆だ。
シカやイノシシに関しては、駆除されてしまったオオカミを外国から導入してはどうかと提案している。食物連鎖のトップを配置することで、崩れてしまったバランスを戻そうというのだ。これはサルにも緊張感を生み、野放図な繁殖が抑えられると主張している。
また、作物被害を各農家に負わせるのではなく、行政が介入することも必要だろうとしている。野生観察施設を整え、教育機関とも連携して、環境教育に役立て、収益が出ればそれを環境保護に役立てる。
海洋に関しては、鰭脚類の餌を極端に減らしてしまうような乱獲を慎み、漁場を割り振った上で、被害の集中した漁場には、利益が出たところから応分の配分をしてもらう。そうした役割を漁協が担うようにしていく。
素人が聞いてもいささか難しいのではないかと思うような策もあるが、副題にあるとおり、「野生動物問題を解くヒント」とすれば、十分に傾聴に値するように思う。
何よりも、「市場」至上主義でない目線は貴重なものだろう。
*個人的には、そもそも、近所でヌートリアが増えている、というところから野生動物問題への関心が始まりました(その前段にアメリカザリガニを飼い始めたところで外来生物に興味を持ったのですが)。
何となく調べていて行き当たったのが以下のページ。そのものずばり、「eat the invaders=侵入者を食う」。アメリカの組織なので、英語です。本書と、ある意味関連するので記載しておきます。
EATTHEINVADERSトップページ
外来生物にしてやられてばかりいないで、迎え撃て!食ってやれ!て感じです(^^;)。動物だけでなく、植物も取り上げています。基本情報に加えて、食べ方レシピ満載。
(上記サイト内のヌートリアのページ)
アメリカでもかなり困っているのか、ヌートリアそのものに特化したサイトもあります。こちらはルイジアナ発のようです。
その名もNutria.com
レシピも載っていますが、バーベキューだの燻製だのという調理法を見ると、「やっぱり匂うのかな~?」と思ってしまいます。ただ一般にアメリカ料理というのはこういう感じだということかもしれず、ヌートリアが取り立てて臭いのかどうかはわかりません。
*猟師兼漫画家の岡本健太郎さんのコミック(『山賊ダイアリー』)も読み続けています。タイムリーに4巻が出たところなので、こちらも別途、レビューをアップするつもりでいます。イノシシやシカの話題があります。




分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。
本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。
あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。
「実感」を求めて読書しているように思います。
赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw
この書評へのコメント
- ぽんきち2013-12-10 09:21
gs子さん
生態系は一旦バランスが崩れてしまうと難しいですね。
魚も野生のものを取るのはジビエと共通しますが、おいしすぎるとある種だけがぐわっと減ってしまう、みたいな話もありましたっけ(添付の本がそんな話でした)。
及び腰の対症療法だと、結局、イタチごっこなのかなという感じもします。オオカミ案、やってみれば意外にうまくいくのかもしれませんが、諸方面で反対が強くて、やってみるところまで行き着かないだろうなぁ・・・。
鹿の獣害は本当にひどいみたいで、山林地域に行ったとき、周辺民家の生け垣もみんなやられてしまっているのを見たことがあります。
卵の殻ですか。へぇぇ。有効なら、お手軽で(安価だし)いいですね。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - ぽんきち2013-12-13 13:10
公益財団法人国際花と緑の博覧会記念協会が創設したコスモス国際賞というのがあるそうです。「自然と人間との共生」の継承、発展を目的にしたもので、これに貢献した人を表彰するものです。今年はロバート・トリート・ペイン氏に決定したとのこと。
http://www.expo-cosmos.or.jp/main/cosmos/jyusyou/2013.html
生物群集の維持には、キーストーン種が必要で、この種が欠けると全体のバランスも崩れるという研究で知られる人物だそうです。キーストーンとは、アーチの最上部にはめるくさび状の石で、構造維持の「要」となるものです。
これは往々にして頂点捕食者が担います。
ペイン博士の研究自体は50年以上前のものだそうですが、この説を支持する証拠がその後も数多く得られており、添付の本もこうした頂点捕食者の重要性を唱えています。本書の主張とも通じるところです。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - ぽんきち2013-12-21 17:51
駆除したエゾシカの肉を動物園のライオンの餌にしようという試みがあるそうです。
<駆除のエゾシカ肉:東京・多摩動物公園でライオンのエサに(毎日新聞)>
http://mainichi.jp/select/news/20131221k0000e040181000c.html
北海道の鳥獣被害のうち、かなりの割合がエゾシカによるものだそうですが、駆除されても食肉として利用されるのは十数パーセントなのだとか。
この肉を動物園のライオンに与えてみたところ、旺盛な食欲をみせたそうです。
シカ肉は高タンパク・低脂肪でライオンの肥満防止にも好適とのこと。
この試みが広がれば、一石二鳥、となりますかどうか。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - あずま2013-12-21 22:35
地元近辺の東海三県でもイノシシ・鹿による獣害が増えているのですが、
対策は食肉化がメインのようで、帰省するたびにレトルトのカレーやら
ハヤシライスやら缶詰やらとバリエーションが増えているのですが、
バリエが増えてるってことは害獣数は大して減ってないんだろうなぁ…なんて考えます。
岐阜には若者によるNPO「猪鹿庁」ができたそうですが
(特定非営利活動法人『メタセコイアの森の仲間たち』の一部)
http://inoshika.jp/
若者による里山保全・獣害対策…だけどやっぱり食肉化ベースの対策みたいです。
(若い猟師の育成、というのも対策にあるようですが)
若い人の知恵がこの本を読んで、そこから何かあたらしい解決策が生まれると
面白そうですよね。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - ぽんきち2013-12-22 00:02
あずまさん
東海でも増えているんですね。
そっか、やっぱりまずは食べるか、となりますよねぇ。
「猪鹿庁」ですか。このネーミングセンス好きだなぁ(^^)。
・若い力
・ユーモアを持ちつつ
・持続可能に
というあたりがキーワードかもしれませんね。
若者とベテランとの交流で、新たな方策の糸口が見つかることもあるかもしれませんよね。
「山賊ダイアリー」のように、若い猟師さんが参入することも大切なんだろうな、と思います。
うちの比較的近所では、猪や鹿を処理する施設を作ったというニュースがありました。
http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20131216000025
駆除したら、「駆除した人」が焼却したり埋めたりしなくてはならず(!)、猟師の高齢化が進んでいる現状ではなかなか大変だったのだそうです。
いろんな方向から対策が進んでいくとよいのですが。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - ぽんきち2014-02-25 20:41
オオカミとヒトの共存はやはり難しい面もあるようで。
<オオカミ狩り禁止令めぐるスウェーデンの対決>
http://www.afpbb.com/articles/-/3009289
スウェーデン以外の欧州諸国では、肉食動物は保護対象となっているようなのですが、スウェーデンでは論争の的となっているとのこと。
「なぜ他の国よりもスウェーデンでは問題視されているのか」というのがちょっとわかりにくいのですが、ヘラジカ猟が盛んであること、家畜の羊を襲う例が少なくないことに加え、トナカイの保護の問題も絡んでいるようです。
人にとって「適正」な数と、オオカミの群れにとって「適正」な数。なかなか落としどころの難しい問題のようです。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - ぽんきち2014-02-25 20:42
こちらの記事が参考になりそうなので貼っておきます。
<スウェーデンのオオカミ狩猟とその管理(一般社団法人日本オオカミ協会)>
http://japan-wolf.org/content/2012/04/13/%E3%82%B9%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3%E3%81%AE%E3%82%AA%E3%82%AA%E3%82%AB%E3%83%9F%E7%8B%A9%E7%8C%9F%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%81%AE%E7%AE%A1%E7%90%86/クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 - ぽんきち2014-03-07 20:24
ここにくっつけるのが適当かどうかわかりませんが。
海外から移入されたサルとニホンザルの間の雑種が特定外来生物に指定されるそうです。
<海外と日本のサル交雑種 駆除対象に(NHK)>
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140307/k10015793841000.html
交雑種、おそらく丈夫なんだろうなぁ・・・。
今年の6月に外来生物法が改定されるそうで、それに併せて指定される模様です。ちょっと気にしておこうと思います。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 
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- 出版社:八坂書房
- ページ数:291
- ISBN:9784896941562
- 発売日:2013年06月01日
- 価格:2520円
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